2009年12月13日

私的、広島と映画とアニメーション論 03

03 広島での映画との出会い

1961(昭和36)年4月に九州の佐賀県から広島へ来た。その当時の広島市内の映画館は。昭和36年10月1日発行、映画手帖(定価15円)によれば
洋画封切館 4館
東劇(胡町)リッツ劇場(三川町)宝塚(堀川町)朝日会館(基町)
洋画2番館 6館
ラッキー劇場(立町)新天地(新天地)セントラル(翠町)松竹名画座(八丁堀)中劇(中ノ棚)ライオン座(駅前)
邦画封切館 14館
松竹東洋座(八丁堀)広島東宝(八丁堀)日劇(荒神町)広島東映(八丁堀)的場東映(的場)鷹野橋東映(鷹野橋)広島日活(荒神町)福屋(八丁堀)大映帝劇(八丁掘)大映太陽館(的場)鷹野橋大映(鷹野橋)東映地下(八丁掘)松竹新映(段原)駅前東映(猿候橋)
邦画2番館 19館
有楽東映(土橋)新シネ(新天地)若草(土橋)的場宝劇(的場) 文化ニュース(労働会館地下)鷹野橋OS(鷹野橋)土橋日活(土橋)南座(皆実町)己斐松竹(己斐)横川大映(横川)舟入劇場(舟入仲町)白島東宝(西白島)港劇場(宇品)大劇(出汐町)寿映劇(若草町)銀映(横川)白島銀映(東白島)オリオン劇場(吉島) 富士劇場(西観音)
と、43館もあった。
1958(昭和33)年の日本映画人口は11億2745万2千人。映画界はこの年をピークに斜陽の道を下り坂に、全国の映画館は1960(昭和35)年の7457館をピークで減り始めた。それでも1961(昭和36)年広島市内の映画館は43館だった。入場料金は大人200円、学生140円だった。
資料 映画手帖 1961年10月号 表紙
20091207eigatetyou.pdf
 私は、この年の1961(昭和36)年9月広島映画サークル協議会に入会した。会員は2割引で入場出来る「友の会」会員だった。
posted by T.K at 14:22| Comment(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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