2010年03月07日

私的、広島と映画とアニメーション論 15 『ピカドン』−3

15 『ピカドン』−3 配給、普及

 1979年2月に法人化した広島映画センターは、初の原爆告発アニメーション『ピカドン』を県内へ、全国へ、海外へと普及した。
 この年の4月、広島平和教育映画ライブラリーに加え、広島平和教育研究所が編纂した上映手引書を付けて普及した。

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 この映画は、約10分の短編アニメーションで、ナレーションやことばは一言もなく、音楽と擬音で構成されている。原爆をテーマにした映画は、このライブラリー・カタログにも数多く紹介しているが、作品によっては事前・事後の指導を含めて多くの時間を必要としたり、発達段階を考慮する必要から年齢的に制約されたりする場合もある。しかしこの映画は、10分間というわずかな時間の中で、ストレートに原爆の非人間性、残虐性および平和の尊さを考えるきっかけとすることができる。そのうえ、幼児には幼児なりの語り聞かせや事後の話しあいによって、小・中学生ではこの映画を導入教材として使い、さらに発展した指導ができる。
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として、指導上の留意点、指導案例その1(幼児・小学校低学年)、指導案例その2(小・中学校)を作った。

 全国各地の映画センターや平和教育の集会で試写会をし、上映手引書を配布した。この頃、記録映画のフィルムは50本売れればという予想があったが、初の原爆告発アニメーション映画、そして、作品が良く、また、1978年から始まった国連軍縮特別総会への取組みと核兵器廃絶の運動と一致し、420本売れた。(1984年現在)

 1979年8月14日〜28日に開催された第11回モスクワ国際映画祭に出品。私も日本映画代表団の一員として参加した。また、制作の木下小夜子さんも参加した。クレムリン近くの4000部屋あるロシアホテルが宿泊施設だった。私は『ピカドン』の英語版チラシを各国代表団が朝食をとるテーブルに毎朝配布した。日本映画代表団団長の岡田茂東映社長に目撃され、“よう、広島の青年、頑張ってるノー。”と励まされた。

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posted by T.K at 16:37| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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