2010年03月21日

私的、広島と映画とアニメーション論 17 青葉学園物語

17 映画『青葉学園物語』

 1978年の夏、『子供たちに良い映画を見せよう』との願いを実現すべく、広島映画センターは広島市内の子ども会と共に、名づけて『親子映画館=星空劇場』として小学校の運動場を会場に映画会を企画した。作品は大澤豊監督の子ども同士の愛と友情を描いた『ガキ大将行進曲』。夏休み期間中の毎日、1日2〜5会場で、夜8時上映開始の映画会。(生憎の雨の時は体育館を予備とした。)この企画は大好評で、「広島を題材にした映画を作ろう」と・・・・。発展した。

 1980年、広島映画センターの企画で、映画『青葉学園物語』を製作協力した。
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映画『青葉学園物語』製作発表会

久村敬夫さんの文を紹介する。
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映画センターが企画して映画化=佳作『青葉学園物語』

 広島を題材にした映画は数多い。その全てが“原爆映画”―といっても過言ではない。
 昭和27年の『原爆の子』(監督=新藤兼人、主演=乙羽信子)にはじまって、平成19年の『夕凪の街 桜の国』(監督=佐々部清、主演=田中麗奈)に至るまで、五十本をはるかに上回った本数だと思う。
 そんな中で、“広島の映画史”に特筆されてもいいと思うのが、昭和55年の『青葉学園物語』(監督=大澤豊、主演=市毛良枝)である。
 この作品は、広島市在住の児童作家・吉本直志郎の原作(昭和54年度日本児童文学者協会新人賞受賞作品)で、広島映画センターの企画による映画化であった。こうした地元広島の企画で製作された映画は前例がない。

 映画は、佐伯郡五日市町(現佐伯区五日市町)にあった児童福祉施設「童心園」がモデル。戦後の広島が舞台で身寄りのない原爆孤児たちが、明るくたくましく生きる姿を、ユーモアをまじえて感動的に描いたもの。

 広島でオールロケというのも大変だった。昭和55年7月25日にクランクインし、秋には公開の予定だった。ところがこの年はなぜか長雨にたたられ、撮影は順調に運ばなかった。
 そんなことで、完成は一ヶ月半遅れて11月19日夜、やっと試写会が広島市公会堂(現広島国際会議場)で催された。会場を埋めつくした観客は、試写を見て割れんばかりの拍手を送った。
正直、戦後の子どもらは、物質的には貧しかったものの、精神的には豊かさがあった―とする思いが、実に明るく、たくましく描かれ、文字どおりの佳作に仕上がっていた。

 それにも増して、広島映画センターのスタッフ一同の喜びは筆舌につくしがたいものがあったと思う。
試写会で高い評価を得た『青葉学園物語』は、広島名画座で昭和56年1月7日から2月3日までの二十八日間、上映するとともに、県内を巡回上映して大成功をおさめた。

 こうした映画は、たとえ良質のものでも、必ずといってもいいほど赤字がともなうものである。ところが、この映画製作に限っていえば赤字どころか、利益すら出た―という。まさに同慶の至りである。
              (元広島映画手帖社代表取締役の久村敬夫)    
              シネマッド CINEMAD 2009・1月号
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 映画『青葉学園物語』は1981年の夏、広島市子ども会連合会、製作ロケ地の五日市町子ども会連合会とともに上映。10万人が鑑賞した。





posted by T.K at 16:38| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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