2010年05月16日

私的、広島と映画とアニメーション論 21 こんにちはハーネス−1

21 こんにちはハーネス−1

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 1982年4月1日、広島映画センターが10周年を迎えたことは書いたが、全国映画センターも6月に10周年を迎えた。私は全国映画センターの副議長。映画センター十周年記念映画「こんにちはハーネス」を製作することになりプロデューサーを引受けた。

 1981年5月、十周年記念映画製作を決め、企画を全国から募集し、「こんにちはハーネス」に決め、1983年1月14日に製作発表を行った。その時の決意は

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 私は広島映画センターの皆さんの協力、支持を得て、この記念映画の製作担当(プロデューサー)を引き受けました。

広島映画センターと映画製作は、

1975年「猫は生きている」
 撮影見学、製作協力券の普及、県内13ヶ所の完成試写会、県内15万人への普及
1976年「ふたりのイーダ」
 広島ロケの協力、朝日会館での劇場上映。
1980年「青葉学園物語」
 原作者吉本氏との製作発表、市子連の製作協力、広島でのオールロケ、製作協力券4万枚の普及、50ヶ所の完成披露試写会から劇場上映、県内10万人への普及。

と、三本の作品を中心に記録映画へのかかわりを含めて数多く経験していますが、広島を離れて(テーマ・ロケ地は千葉の海岸)の製作は今回はじめてです。よい映画を広島県内に、全国に広めていく決意です。
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全国映画センター総会決定を引用すると。

@ 全国映画センターで自主製作する。
・ 作品は「こんにちはハーネス」児童映画
・ 監督は、後藤俊夫(「こむぎいろの天使」「マタギ」)
・ 著作権は、全国映画センターにある。
  企画・製作 映画センター全国連絡会議
  制作    こぶしプロダクション
・ 製作費 直接費 6500万円
       間接費 1000万円
・ 映画の完成は 1983年6月

A 映画センター十周年記念映画製作委員会を設置する。
・ 製作委員会は、十周年記念映画の製作に責任を持つ。
・ 製作委員会と各総合映画センターと配給契約を結び、空白の県は、製作委員会が行
  う。
・ 製作委員会は、一口100万円の出資を募集し、出資した理事によって構成する。

製作委員会の体制
委員長 小森 敏廣 プロデューサー

B 推進委員を各都道府県に一名配置する。

「こんにちはハーネス」普及計画
「こんにちはハーネス」の映画製作を新たなセンター運動を切りひらく作品として位置付け、1983年8月から1984年4月の総会までに150万人に普及する。各県において人口の2%に普及する。

とした。

 私は「こんにちはハーネス」映画製作のプロデューサーとして、また同映画の広島県内の普及に取り組んだ。



posted by T.K at 17:36| Comment(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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