2010年06月22日

私的、広島と映画とアニメーション論 26 ヒロシマ国際アマチュア映画祭

26 ヒロシマ国際アマチュア映画祭

 広島はフランスのアヌシー、クロアチアのザグレブ、カナダのオタワと並ぶ世界4大アニメーションフェスティバルの1つとして広島国際アニメーションフェスティバルが1985年から開催されている。
 その広島で、もう一つの国際的な映像の“祭”として、ヒロシマ国際アマチュア映像祭(1993年まではヒロシマ国際アマチュア映画祭)が、「平和と生きる尊さ」をテーマに、国内および海外のアマチュアから作品を募集し、優秀作品を表彰するもので、被爆30周年を機に、1975年から隔年で開催されてきた。(受賞作品は、RCC中国放送が保存。残念ながら、1997年の第12回で休止となった。)

ヒロシマ国際アマチュア映画祭について (第1回の資料から。)
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 人類初の原子爆弾が広島、長崎に落とされて、ことし30周年を迎えました。今日、核の脅威はますます増大してきており、人類の平和を切望する声は、核の脅威に比例して高まってきています。

 このような情勢のもとで、被爆30周年を機に、世界の人びとへ “映像による平和祭”開催を呼びかけ、平和をアッピールすることは被爆都市ヒロシマの責務であるとして、広島市を中心に「平和と生きることの尊さ」をテーマにした映画の募集が進められてきました。

 この呼びかけは、海外16ヶ国から59編、国内140編、計199編という確かな手応えとなって、ヒロシマに返されてきました。参加国は、イラン、アメリカ、ブラジル、ルーマニマ、西ドイッ、イタリア、マルタ、オーストラリア、フランス、イギリス、ハンガリー、ユーゴスラビア、カナダ、アルゼンチン、ウルグアイ、ナイジエリア(応募数順)、それに日本となっており、日本を含めれば、五大陸からすべて参加があったことになります。国内では、東北地方を除く全国各地から応募があり、映画祭に対する関心が地域的にも幅広いものであることがうかがわれます。

 注目のブランプリは「ふたりぼつち」が、「自ら深く関わり合っている題材を、頭で作りあげるのでなく、粘り強い観察で追求した力作」として、選ばれました。

 第一回目は、作品応募数、参加国数そして作品の質とともに多くの成果を挙げました。これを受けて、今後は隔年で開催される予定です。再び“草の根の映像”をヒロシマの地に互いに持ち寄り、映画芸術の花を、世界平和の花を開かせましよう。
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 選考委員は、広島出身の新藤兼人監督が第1回から12回まで担当された。その他、映画関係者が多く参加されたので名前だけ紹介する。瓜生忠夫(評論家)、山田和夫(映画評論家)、古谷綱正(ニュースキャスター)、ドラルド・リチー(日本映画史研究家)、川喜多かしこ(映画評論家)、佐藤忠男(映画評論家)、スティーブン・リーパー(現広島平和文化センター理事長)、登川直樹(映画評論家)の各氏。

 1997年の第12回の大会には、国内から161編、海外からは29ヶ国・地域から136編、計297編の作品が寄せられた。
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posted by T.K at 15:18| Comment(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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