2010年10月17日

私的、広島と映画とアニメーション論 41 第3回広島国際アニメーションフェスティバル

41 第3回広島国際アニメーションフェスティバル

1990animePoster].jpg

 1990年8月8日〜13日、広島厚生年金会館にて第3回国際アニメーションフェスティバル広島大会が開催された。(第1回開催は1985年、その後隔年の開催予定だったが、1989年は1960年から開催(隔年開催)しているアヌシー映画祭と重なることもあり第3回広島大会は被爆45周年の年でもある1990年となった。以後は隔年開催となった。)

 今大会の応募作品数は、前回大会を大幅に上回り385本。第一次審査は、5月7日から20日までの2週間に渡り、広島市映像文化ライブラリーで行われた。日本人2名、外国人3名の国際選考委員が本審査に進む70本を選び、惜しくも紙一重で選に洩れた佳作に相当する“パノラマ”作品17本を選定。

 本審査の国際審査委員にはジョン・ラセター氏ら6人が当たった。
ジョン・ラセター氏はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ、ピクサー・アニメーション・スタジオ両スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーである。氏は第2回大会(1987)では『ルクソーJr.』で入賞。『ティン・トイ』(1988)は3DCG作品として初めてアカデミー短編アニメ賞を受賞。その後、「ファインディング・ニモ」(2003)と翌年の「Mr.インクレディブル」(2004)で2年連続のアカデミー賞長編アニメーション賞受賞という快挙を成し遂げている。

 広島国際アニメーションフェスティバルには第1回大会から世界的に有名なアニメーターが数多く参加している。

 私が制作に関わった長編アニメーション『クロがいた夏』(製作・ゲンプロダクション、中国放送)も特別プログラム(平和のためのアニメーション)の中で上映された。
Daily Bulletin No.1 AUG 8,1990 より
---------------------------------------------------------
クロがいた夏

 あの日から45年、私たちは核兵器のない平和な世界を願い続けている。長編アニメーション『クロがいた夏』は、被爆45周年記念の企画として制作されたものである。「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さんは、今もなお、生々しい少年時代の被爆体験をもとに、当時、飼っておられた“クロ”への愛情を通して、戦争の非情さ、核兵器の残酷さ、平和の尊さをアニメというメッセージに託して訴えている。
 そしてこの作品のアニメ化は、広島市民の多くの協力と、関係者の献身的な努力によって完成された。また、この映画の主人公である二人の子役には、広島弁の話せる子供たちが募集され、多数の応募者の中から選ばれたのである。

 “愛と平和”をテーマにした広島大会の平和のためのアニメーションのプログラムにこの作品が加えられたことは、大変意義深い。もっとアニメーションで平和を訴える作品が、数多く生まれ、応募されることを願わずにはおれない。
-------------------------------------------------------
この大会では
コンペティション作品 70作品 の上映を中心に
パノラマ作品 17作品
平和のためのアニメーション 『クロがいた夏』 他2作品
ASIFA30周年記念 ベスト オブザワールド 11作品
コンピュータ・アニメーション 9作品
ユーモラス・アニメーション 11作品
ギャグ・アニメーション 13作品
子供のためのアニメーション 13作品
手塚治虫へのオマージュ 5作品
世界のコマーシャル・アニメーション 多数
ボブ・ゴドフリー回顧上映 8作品
ウィル・ビントン回顧上映 12作品
世界の作家たち(今大会国際選考委員、国際審査委員の作品) 

のプログラムと シンポジュム、ワークショップなどで多数のアニメーション作品が上映された。

そして、グランプリは
『雌牛』(アレクサンドル・ペトロフ、旧ソ連)
ヒロシマ賞
『丘の農家』(マーク・ベイカー、イギリス)
デビュー賞
『ドッグ・ブレイン』(J.ファルコナー、カナダ)

第3回広島大会のフェスティバルディレクターは木下小夜子さん。以後13回大会(2010年)までフェスティバルディレクターを担当。



posted by T.K at 22:04| Comment(10) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。