2009年12月21日

私的、広島と映画とアニメーション論 04

04 映画サークルに入会

 私は、1961(昭和36)年9月、広島映画サークル協議会に入会した。事務所は八丁掘11−14共和ビル2F。当時のことを、2003年9月28日第300回例会「阿弥陀堂だより」を迎えた広島映画サークル協議会の『300回例会のあしあと』に元事務局長小森敏廣として寄稿文を寄せているので転載する。
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300回記念例会おめでとうございます。私が映画サークルに入会してこの記念例会当日にはなんと42年になります。九州から広島のRCCに入社したのが61年4月。9月にRCCが今の基町に社屋移転。組合の掲示板で映サの入会案内をみて、映画好きの私はすぐに入会。当時例会制度はなく、劇場での割引活動。月に5〜6回は映画を見ていたので会員になれば絶対お得でした。59年の映画界全盛期を過ぎ、下降ぎみの映画界といってもまだまだ映画は娯楽のNO.1。当時の会員数は2万名近くで事務所には村上事務局長以下4名の専従者。毎日事務所に出入りしていた私は運営委員(当時は幹事)に推薦され映サとの付き合いが始まりました。斜陽の映画界にはなすすべもなく会員数は激減。事務局員もゼロに。66年3月には事務局長(非専従)に昇進?。16ミリ映画での小例会をやりながら、サークル重視の活動を持続。例会活動を会運営の中心に位置づけて、69年9月の第1回例会「ひとりっ子」は懐かしい想い出です。
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 映画サークル入会時は映画が安く見れることが魅力だった。会員が減る中で会員(友の会)制度を見直し、自主上映会中心の活動に軌道修正した。全国労映(現在の映画鑑賞団体全国連絡会議)の活動も活発化し、『映画を観る』鑑賞活動と『良い映画』を普及する活動とを展開し、1972年には事務局員も2名となった。
posted by T.K at 10:03| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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