2010年01月17日

私的、広島と映画とアニメーション論 08

08 広島平和教育映画ライブラリーの設立 

 1972年4月1日に設立した広島映画センターは『平和教育に映画を! 』と、1975年、全国映画センターが製作した人形劇映画『猫は生きている』の製作・上映運動を取り組み広島県内15万人の人たちに見てもらった。この映画製作・上映運動は1972年6月1日発足した広島平和教育研究所と広島映画センターとの方針が一致し、広島平和教育映画ライブラリーの設置へと結びついた。

1976年4月1日、人類最高の倫理であるヒロシマを原点とする平和教育推進のために、広島平和教育研究所と広島映画センターは共同で『広島平和教育映画ライブラリー』を設置した。
 子どもたちに、視聴覚をとおして原爆・戦争を追体験させ、そして問題意識を深めていくことは平和教育の推進にとって欠かせないものとなっています。

発足時のライブラリーは

劇映画 5本
「ひろしま」   関川秀雄監督、 1953年製作
「原爆の子」   新藤兼人監督、 1952年製作
「千羽鶴」    木村荘十二監督 1958年製作
「ヒロシマの証人」斎村和彦監督、 1968年製作
「猫は生きている」島田開監督、 1975年製作

記録映画 8本
「広島・長崎1945年8月」 1970年製作
「ノーモア・ヒロシマ」      1975年製作
「生きるーその証しのために」  1976年製作
「太田川」 1974年製作
「ヒロシマ原爆の記録」 1970年製作
「われわれは監視する」 1975年製作
「自衛隊」           1974年製作
「教科書百年」         1973年製作 

この時はまだ、アニメーション映画の「ピカドン」はなかった。
1978年に木下蓮三さんによって製作された。


『広島平和教育映画ライブラリー』リスト、要保存NO,1
Peace.pdf






posted by T.K at 12:00| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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