第1回広島国際アニメーションフェスティバルは1985年8月18日〜23日 広島市公会堂 で 開催された。

(広島市公会堂)
1979年1月木下蓮三さんから提案があったアニメ映像祭の夢が実現した。
荒木武広島市長の挨拶を紹介する。
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国際アニメーションフエステイバル広島大会の開催にあたって
昭和60年8月、広島市は、ASIFA(国際アニメーションフィルム協会)の公認・後援を得て、アジアで初めての「第1回国際アニメーションフェスティバル広島大会」を開催します。
この国際アニメーションフェスティバルは、未来に開かれたアニメーション芸術を通して世界平和の実現に貢献することを目的としたASIFAの心と、世界の恒久平和を願うヒロシマの心を一つに結び゛Love&Peace″をメインテーマとして、広く世界のアニメーション芸術家達に参加を呼びかけて開催するものです。
昭和60年の今年、被爆40周年を迎える広島市は、都市建設の基本目標である「国際平和文化都市ひろしま」の実現を図るため、21世紀に向けて、「国内外から人、物、情報が集まり、交流する都市づくり−メッセ・コンベンションシティづくり」の新たなスタ−トを切りました。
この国際アニメーションフェスティバルは、メッセ・コンベンションシティづくりをめざす広島市にとって最初の国際的文化イベントであり、また地方自治体では唯一の施設、映像文化ライブラリーを中心として映像文化の普及・発展に力を注いでいる広島市にふさわしいイベントであると考えています。
私はこの国際アニメーションフェスティバルの開催にあたり、単に行政のみが行うのでなく、多くの方々のご協力をいただき、魅力的で継続性のある広島らしい国際イベントに育てたいと願っています。
どうか、このフェスティバル開催の趣旨をご理解いただきますとともに、フェスティバルが成功裡に終了できますよう、皆様の温かいご支援、ご協力をお願いいたします。
広島市長 荒木武
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ともあれ、1979年から足掛け6年、広島で国際アニメーションフェスティバルが実現した。
元広島映画手帖社の久村敬夫編集長は『“この夏。ひろしまは映像の玉手箱”をキャッチフレーズにしたアニメ祭だったが、地元・広島はもちろん東京、大阪などのアニメファンがどっと押し寄せた。初日は三千人を越える観客で会場あふれ、国際イベントにふさわしく外国人客も多かった。韓国、香港などからツアー客も見られ、大会関係者をホッとさせた。世界36カ国、451本の作品が寄せられた第1回の大会は、まずは成功したと言っていいだろう。そのことが隔年の開催決定につながった。』と評価。
広島映画センターも寄せられた作品(フィルム)のチェックから上映までを担当し、その後の第2回大会へとつなげた。

大会名誉会長のポール・グリモー氏とさよならパーティにて
左端は筆者
第1回 国際アニメーションフェスティバル広島大会の概要
■名称
日本名/第1回国際アニメーションフェスティバル広島大会
■メインテーマ
LOVE&PEAOE
■開催期間
1985年(昭和60年)8月18日G−23日Hの6日間
■会場
広島市公会堂
〒733広島市中区中島町1−5
■スケジュール
(1)エントリー/1985年(昭和60年)6月1日まで
(2)作品受付///5月6日から6月6日まで
(3)第1次審査///7月3日から7月13日まで
(広島市映像文化ライブラリー:〒730広島市中区基町3-1)
(4)本審査・フェスティバル///8月18日から8月23日まで
(広島市公会堂)
■大会役員
国際名誉会長/ポール・グリモー(フランス)
会長/荒木武(広島市長)
副会長/久里洋二(ASIFA会員)
副会長/手塚治虫(ASIFA会員)
副会長/松井斎(広島市助役)
フェスティバルディレクター/木下小夜子(ASIFA会員)
フェスティバルプロデューサー/木下蓮三(ASIFA理事・
ASIFA日本支部会長)
ゼネラルセクレタリー/塩谷恭人((財)広島市文化振興事業
団常務理事)
■主催および後援等
O)主催/広島市
国際アニメーションフィルム協会(ASIFA)日本支部
財団法人 広島市文化振興事業団